舞浜海洋国家

東京ディズニーシーの建築やBGSについてつらつら書くブログ

ナビゲーションセンターは平面の地球なのか

こんにちは!

最近、僭越ながら当ブログを褒めていただいたり紹介してくださる機会が多くなってとても嬉しい限りです。どうぞこれからもよろしくお願いします🙇‍♂️

さて、このブログでは東京ディズニーシーのアトラクション「フォートレス・エクスプロレーション」について色々話しているわけですが、その中の一室『ナビゲーションセンター』をご存知でしょうか。

『ナビゲーションセンター』

これまた天井に描かれた星や雰囲気が美しい部屋ですよね!現在もフォートレス内で配布されている公式のペーパーでは以下のように紹介されています。

冒険心が旺盛な者には「ナビゲーションセンター」でガリオン船の操作に挑戦して欲しい。航海ではたくさんの困難が待ち受けている。

この部屋では水面に浮かぶ模型の船を自分で動かすことができ、雨が降ったり海の怪物が出てきたり渦巻きが発生したりと、航海における困難も体感することができます。ちなみに公式のペーパーには「ガリオン船」と書いてありますが、これらの船の模型は三角形の帆が2つという特徴からキャラベル船であることがわかります。キャラベル船は原寸大のものがフォートレスにも停泊していますね。

キャラベル船の模型

フォートレスに停泊中のキャラベル船

ナビゲーションセンター=平面地球説

さて、それでは本題に入りましょう。この部屋ですが公式のガイドブックではほとんど以下のような説明がなされています。

16世紀当時の船の模型を、ラジコン操縦して遊ぶことができます。この時代、地球は平らで、あまり遠くまで行くと、船は地球の端から落ちてしまうと信じられていました。8隻のラジコン船が進むのは、その平面な地球です。

『完ペキ攻略ガイド 東京ディズニーシーのススメ (Disney Guide Series)』(2002) 講談社 102頁より

要は16世紀当時ヨーロッパでは地球は平面だと信じられており、ナビゲーションセンターはそれが示されている部屋だということですね。上記はディズニーシー開園当初のガイドブックの説明ですが、現在に至るまでほとんどの公式ガイドブックで同じような説明がされています。以前ナビゲーションセンターを訪れた際にキャストさんからも同じような話を聞けたことから、公式のBGSとしてはこの話が採用されているようですね。

確かにナビゲーションセンターのジオラマには大陸や島の造形があり、まるで平面の地球の上を船が航行しているようにも見える他、世界の果てを示すように円形のマップを炎のような造形が囲んでいます。

ナビゲーションセンターのジオラマの全体像

実際「中世ヨーロッパではキリスト教の教えにより、地球は平面だと信じられていたが、近世に入ってコロンブスが地球球体説を信じ西廻り航路の開拓でそれを証明した、もしくはマゼランの世界一周によって証明された」といったことはよく聞く話ですよね。

しかし結論から述べてしまえばこの話は誤りであるとされています。古代ギリシアにおいて地球が球体である説が唱えられると、それ以降ヨーロッパでは(少なくとも知識人階級の中では)地球が丸いことは常識だったと言われているんですね。確かにコロンブスやマゼランは地球が球体であることを証明こそしましたが、それ以前から地球が丸い形をしていることはよく知られていました。

フォートレス内の部屋『エクスプローラーズ・ホール』では古代ローマ時代の天文学者プトレマイオス(83〜168頃)の天球儀の絵を見ることができますが、その中心には球体の地球が据えられています。(この絵の元ネタ自体は、調べてみると1515年にパリで刊行された天文学者プールバッハの『惑星の新理論』の挿絵であると出てきます。:下記リンク参照)

プトレマイオス(右)と彼の天球儀が描かれている

天球儀の中心には球体の地球が

プトレマイオスの完成させた天動説の理論はその後のヨーロッパに絶大な影響を与え、伝統的に引き継がれていったことから当然それ以降の西洋人は地球が丸いことを知っていたはずですね。

ja.m.wikipedia.org

地球が球体をしていることを述べている、または前提としている中世ヨーロッパの文献は多く残っているようですが、中でも有名なのは中世後期フィレンツェの詩人ダンテ・アリギエーリ(1265〜1321)の『神曲です。『神曲』は「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」からなり主人公のダンテが古代ローマの詩人ウェルギリウスの案内で地獄から天国までを巡る叙事詩。イタリア・ルネサンスの先駆けともなったイタリアを代表する世界的な文学とされています。

ja.m.wikipedia.org

神曲』の「地獄篇」第26歌では以下のような記述があります。

もう一方の半球にある全天の星が
夜には見えるようになり、そして我らの半球の空は沈み、
水平線から浮き上がることもなくなっていた。

ダンテ・アリギエリ(著)原基晶(訳)『神曲 地獄篇』(2014) 講談社学術文庫 394貢より

このように北半球と南半球で見える星が異なることに言及されています。これは地球が平面であれば起こり得ない現象の一つです。

さらに第34歌では、地獄の底でウェルギリウスがダンテにこう語らいます。

私が降りている間は、おまえはまだ向こう側にいた。
だが、私が自分の体の向きを逆にした時、おまえは越えた、
重さある者があらゆる場所からそこに引かれるかの点を。

そして今おまえは南半分の天球の下に着いた。
これとは逆の側にあるのが、広大な乾いた大地を
覆う空の半球だ。

ダンテ・アリギエリ(著)原基晶(訳)『神曲 地獄篇』(2014) 講談社学術文庫 508貢より

この「地獄篇」のラストではダンテは、困惑しながらも、地獄から地球の中心をとおって地球の反対側にある煉獄山へと辿り着いています。また重力が地球の中心に向かっていることも記述されていますね。このような記述からもダンテが地球が球体をしていることを前提として詩を歌っていることがわかります。「中世ヨーロッパでは聖書の教えに従って地球は平面だと信じられていた」とも思われがちですが、実際はこのように、寧ろ地球が球体であることがキリスト教的世界観と結びつけられていました。

ここでは分かりやすい例としてダンテの『神曲』について紹介しましたが、彼だけでなく古代から中世にかけて多くの西洋人が地球が丸いことを示す文献を残しているそうです。出典元が怪しいものもありますがこの話については以下のリンク先でよくまとめられているので興味のある方は見てみてください...!

ja.m.wikipedia.org

ここまでの話でわかるように、当然フォートレスの舞台となっている16世紀に地球が平面であることを信じていた人は知識階級の中ではほぼいなかったということになるので、ナビゲーションセンターも平面の地球を示したものではないと考える方が妥当な気がします。

ナビゲーションセンター=海図説

ではナビゲーションセンターにあるものが平面の地球を示したものではないとすると一体何なのでしょうか。僕はこれは船の動きをシミュレーションするための海図にすぎないと考えています。

その証拠にナビゲーションセンターのマップをよくよく見てみるとコンパスのようなものが3つ描かれているのがわかると思います。

マップ上には3つの羅針図が描かれており、フルール・ド・リスの意匠が北を、十字架が東を指している

これは羅針図(compass rose)と呼ばれるもので東西南北の方位を示すために海図や地図に描かれるものだそうです。当時のものは北側にフルール・ド・リスというアヤメの花の意匠が、東は西欧から見たエルサレムの方角ということから十字架が描かれていたそうで、それがしっかり表されていますね。

ja.m.wikipedia.org

ja.m.wikipedia.org

このような羅針図はホテルミラコスタ内でも見ることが出来ます。ミラコスタのロビーにある下記の地図は16世紀後期に描かれたイタリアの地図で、現物はバチカン美術館の地図のギャラリーに描かれています。

ミラコスタロビーにある16世紀のイタリアの地図

この地図の中心から少し左下の方に目を向けると、どこか太陽のようにも見える16方位を示した羅針図が描かれているのがわかります。

16方位の羅針図が描かれている

commons.wikimedia.org

また創作物ではありますが、ミラコスタのロビーに飾られているディズニーシーを模した地図や客室にある地図にもしっかりと羅針図が描かれているのがわかりますね。

ミラコスタロビーのディズニーシーを模した地図の羅針図

ミラコスタ客室にある地図の羅針図

このように地図や海図に描かれる羅針図がナビゲーションセンターにも描かれていることから、ナビゲーションセンターのものは海図であると推測できます。

ちなみに羅針盤の北側にフルール・ド・リスを描くというのは割とポピュラーなようで、ミラコスタのロビーにある羅針盤レリーフにもしっかりとフルール・ド・リスが刻まれています。f:id:Tsubasan0924:20231220223013j:image

羅針図についてもう一点検討したいことがあります。当然それは羅針図の示す方位についてです。もしナビゲーションセンターのジオラマが平面の地球を示しているのだとしたら、我々が住んでいる実際の地球をそのまま平面にすると考えなければならないため、当然平面の地球の中心は北極点であると考えられるはずです。(現代でも地球平面説を主張する人はそのように考えています。)

しかし、ナビゲーションセンターのマップでは3つの羅針図の北は中心を指していません。下記画像のように羅針図の北側はそれぞれ同じ方向を指しており、北極点は少なくともこのマップの外にあることがわかります。このことからもこのマップは地球全体を示したものではなく、ある特定の海域を示した海図にすぎないことがわかりますね。

円で囲った3つの羅針図が指す方位から、
この写真の右上の方が北であることがわかります

炎の謎

ここまでナビゲーションセンターのマップは海図であるという話をしましたが、そうなるとマップを囲んでいる炎のようなものは何だという話になりますよね。

マップの周りには燃え盛る炎のような装飾が

まるで地獄の業火のようにも見えますが、ここで今一度ダンテの『神曲』に立ち返ってみましょう。『神曲』の「地獄篇」第26歌では、古代ギリシアの詩人ホメロスが『オデュッセイア』で謳いあげたトロイア戦争の英雄オデュッセウスが登場します。(有名な「トロイの木馬」を考案した人物ですね。)『神曲』におけるオデュッセウスは世界の真理を探求するため、ギリシア神話の英雄ヘラクレスが残した警告を無視してジブラルタル海峡を超え大西洋に出て、南半球に到達します。(この時の場面が先程引用したものです。)しかし神の意志に背くこの行為はその怒りを買ってしまいます。

私達は喜びに沸いた、が、すぐにそれは嘆きに変わった。
あの新たな大地から一つの竜巻が起こり
船首に襲いかかったのだ。

船を海ごと巻き込んで三度転がし、四度目に船尾を跳ね上げ
船首を海に沈めていった、あの方のお望みどおりに、

海が我らの上でついに再び閉じられるまで

ダンテ・アリギエリ(著)原基晶(訳)『神曲 地獄篇』(2014) 講談社学術文庫 394-395貢より

このように大西洋まで進み南半球を目指したことで神の怒りを買ったオデュッセウスは、船ごと海に沈められ、その後世界の終末まで地獄の業火に燃やされ続けることになるのです。

地球が平面だとは考えられていなかったにせよ、神の意志に背いて航海をした者(=マップの外へと踏み出そうとした者)は地獄へ落ちる運命にある、ナビゲーションセンターの炎にもこのような思想が反映されているのかもしれません。

終わりに

本記事ではナビゲーションセンターが平面の地球を表したものではないのではないかという話をしました。僕はこの部屋のマップは海図に過ぎず、この部屋自体の用途としては航海のシミュレーションや演習、練習をするための部屋ではないかと考えています。そう考えれば様々な困難を予測したギミックがこのマップに取り付けられているのも納得がいく気がします。
「ナビゲーション」と聞くと現代では車などに取り付けられたナビのことを考えてしまいますが、本来英語の"navigation"には「航海」「航海学」といった意味があります。まさしくこの部屋は航海について学んだり話し合ったりする場なのでしょう。

最後に断っておきますが、本記事で話したことはあくまで僕個人の見解(妄想)であり決して確定的な情報を伝えるものではありません。公式で定められているBGSは、僕の見解とは別に確立されていますのでご了承ください。

最後まで読んでいただきありがとうございました!🙇‍♂️この他にもフォートレスの各部屋については書きたいことがいっぱいあるのでいずれお話できればと思います...!

それでは!

参考文献

・(2002)『完ペキ攻略ガイド 東京ディズニーシーのススメ (Disney Guide Series)』講談社

・スティーヴン・ジェイ・グールド(著)新妻昭夫他(訳)(2007)『神と科学は共存できるか?』日経BP

・ダンテ・アリギエリ(著)原基晶(訳)(2014)『神曲 地獄篇』講談社学術文庫